カテゴリ:子ども



アートで思い切り遊んだアトリエ・アルカンシエル
障がいのある子ども達がアートで遊んで、表現を楽しむアトリエ・アルカンシエル 遊び、探求する、どうなるんだろう?をやってみる。いろいろな姿がありました。 アートも遊びも、子ども達に必要な心の活動。 障がいがあるとかないとか関係なく、ですね。 彼らの遊んだ痕跡、深い色と、混沌とした形の中には 「楽しかったーーー!」や「私はこれが好きーーー💛」や 「これがキレイだと感じるーーー✨」や「めっちゃ、これに興味ある―――」 が表れています。 その子が現れ出てきた表現の痕跡を お母さん達は、大事に大事に持ち帰りました。 いや・・・無事に持ち帰れただろうか・・・トロトロベタベタだったけど💦

大人の「もったいなーーい!」と「子どもの価値観」のちがい
アートのあそび場 · 2021/05/04
子ども達とアートで遊んでいると、 「もったいないーーーー!」 「使い方が違う―――!!」 って思うことがよくあります。 大人から見ると、 「使う分だけ出して!」 って思います。 でも 出すことが楽しい!のかもしれない。 テープの芯に、魅力を感じているのかもしれない。 テープを上手く使うために、試行錯誤しているのかもしれない。よね。

障がいのある子ども達が、アートあそびで自分の世界を堪能する時間
障がいのある子ども達が、アートで遊ぶ<アトリエ・アルカンシエル> なんでこの場を作っているかと言うと 自分でひらめいたことや、おもしろいと思ったことを、止めずにやってみよう。 それは、自分の中から生まれる興味関心であり、自分の遊び。自分の世界です! だからそれぞれの、世界が違うのは当たり前。 感触を楽しみ、色が混ざるのを見つめ、それを洗ったらどうなるか確かめる。 日常ではダメかもしれないけれど、それができる時間、場所があってもいいじゃない。 子ども達は、自分でやってみて、起きることを体験としてインプットする。 理屈じゃなく「おもしろい!」「気持ちいい!」と心が動いて、自分に刻み込まれる。 障がいのあるなし関係なく、どの人にも必要だと思うんです。そういう時間。 理屈ではなく、いろいろな事を探求し、発見し、体験していく時間。 自分の世界を堪能する時間。 その痕跡が、生き生きした作品となって残ります。

褒める、評価する、認めるって・・・?
保育園のアート · 2020/12/12
都内の保育園での美術の時間でのこと。 6歳の女の子Mちゃんが言いました。 「かるべ先生は色が混ざってよくわからない絵が好きなんだよね」 むむむーーーー(-_-;) するどい一言!💦 私は正解と不正解を作ってしまっていたんだ。 これは〇で、これは×。というものを感じさせてしまっていた。 しかも、正解のないアートの時間、とか言ってるくせにーーー!! 「褒める」は、あるところから「評価」になる。 評価された子の中にも、それを聞いていた他の子の中にも 「評価される基準」が生まれてしまう。 それに照らし合わせて、自己肯定感を低くしたり 自分の感覚ではなくて、その基準に合わせていくようになるよね~ 褒めるのではなくて、 感じたことを真摯に言葉にして伝えていこう。 その人の感じ方、在り方が表れた線や色や形を、「ああ、あなたはこうなんだね」と 一緒に喜べたらいいな。と思う。 今日も、子ども達に大切なことを教えてもらいました✨ 子どもってすごいなあ✨

保育園のアート · 2020/11/21
子ども達は新しいものが大好き。 好奇心のかたまり、とよく言われます。 好奇心とは何ぞや? Wikipediaで調べてみると・・・ 「物事を探求しようとする根源的な心。 自発的な調査・学習や物事の本質を研究するといった知的活動の根源となる感情を言う。(中略) 分からないものに対して、その理由や意味を知りたいと考えるのは、ヒト(人間を含む)の根源的欲求である」

アートの時間に起きること 【正解のない中で、 自分の感覚で物事をとらえ、 自分がグッとくる感じを求めて、探求と発見を繰り返し、 自分なりのOK!を見つけていく事】 対話の時間に起きること 【正解のない中で、 自分なりのものの見方、考え方で、 自分はどう思うのかを探し、探求と発見を繰り返し 自分なりの答えを見つけていく事】 そんな難しいアート、子ども達には関係ありません!と と思うかもしれませんが いやいや、子ども達はちゃんとそうやって 自分の感覚と相談して何かを創っています。 その時の眼差しは、怖いほど真剣に集中して画面を見つめています。 自分はこうしたいけど、どうしたらいいか?こうしたらどうなるのか? 疑問を確かめたり、ひらめきを信じて手を動かしながら、自分がOK!と感じる瞬間は、迷いがありません。